BHAGとは、ビジネスの世界で使われる「Big Hairy Audacious Goal」の略で、日本語にすると「大きくて、手に余るほど大胆で魅力的な長期目標」です。ジム・コリンズとジェリー・ポラスが共著した『Built to Last』の中で提唱された概念であり、組織が長期にわたり一丸となって挑む“旗印”として機能します。 BHAGの核心は、組織の力を結集させ、数多くの日常的な取り組みを超えた高い次元の目標を掲げることにより、従業員の士気を高め、意思決定の優先順位を明確にし、組織文化を強化する点にあります。長期的な視座を持つことで、日々の戦術やリソース配分が自然とその大志に向かうように動機づけられるのです。
BHAGにはいくつかの特徴があります。まず、時間軸として通常10年から30年程度の長期を設定します。短期の業績評価に留まらず、組織全体が目標達成という「未来の姿」を共有することが重要です。次に、目標は明確で、誰にとっても理解できるほど分かりやすく、組織全体を鼓舞する力強さを持っていなければなりません。さらに、BHAGは実現可能性が全くないような夢物語ではなく、現実的に到達可能性を感じさせつつも大きな跳躍を求めるものです。これにより挑戦のリアリティが生まれ、組織が組織的な学習と変革を進める原動力になります。BHAGは一つに絞るべきだとされ、複数のBHAGを同時に追うよりも、一本の旗印を全社的に共有することが推奨されます。
BHAGには主に三つのタイプがあります。第一は画像型(image-based) BHAGで、未来の姿を鮮明なイメージとして描き、それを共有することで人々の心に強く響かせるものです。第二は成果型(outcome-based) BHAGで、売上高や市場シェア、顧客満足度といった数値目標を明確に設定します。第三はプロセス型(process-based) BHAGで、企業の中核となる能力やプロセスを獲得・強化することを目標とします。これらは組織の現状と文化に合わせて適切に組み合わせられるべきであり、最終的には「何を達成するのか」「どうやって達成するのか」という両方を示すことが望ましいとされています。
BHAGの最大の効用は、組織の長期的な方向性を統一し、意思決定の基準を明確化し、日々の業務を超えた学習と革新を促す点です。大きくて魅力的な目標は、社員の自発的な行動を引き出し、リーダーシップの共有感覚を高め、組織の抵抗力を強めます。また、BHAGは戦略を直接的に決定づけるものではなく、戦略の“旗印”として機能します。したがって、BHAGを掲げるだけでなく、それを実現するためのロードマップを別途用意し、短期・中期の目標(例えばOKRなど)と連携させることが実務的には不可欠です。
BHAGを現実の組織に落とし込む際の実践的な留意点としては、まず根本となる組織の目的や価値観と整合させることです。次に、10〜30年先の未来を具体的に思い描き、誰の目にも共感を呼ぶ“共通の物語”として言語化します。第三に、BHAGのタイプを決定し、画像型・成果型・プロセス型のいずれか、あるいは組み合わせで表現します。第四に、現実的な道筋を描くことが重要です。単に野心を掲げるだけではなく、中期的なマイルストーン、投資計画、人材開発、技術開発、組織能力の向上など、達成に向けた具体的な手段を併せて提示します。第五に、広く共有して組織全体の支持と関与を得ることです。マネジメント層だけでなく全員が理解し、日常の行動に落とし込めるよう、伝達手段を工夫します。最後に、定期的に進捗を評価し、状況の変化に応じて適切に見直す柔軟性を持たせることが肝要です。
実践の際には、BHAGを補完する仕組みとしてOKR(Objectives and Key Results)を活用することが多いです。BHAGが長期の“旗印”である一方、OKRは短中期の具体的な結果指標を設定する仕組みとして機能し、日々の業務の中でBHAGにどう迫っていくかを測定可能な形で示します。これにより、組織は長期の志と日々の成果を結ぶ連携を保ちやすくなります。
具体的な事例としては、書籍で紹介されているような歴史的なBHAGの例として月面着陸を掲げた時代の大規模な組織目標が挙げられます。NASAのこの目標は、技術開発、組織設計、資源配分、研究開発の優先順位といったあらゆる領域を結集させ、組織全体を挙動させる力を生み出しました。企業の文脈に置き換えるとしたら、例えば「次世代の顧客体験を世界規模で再定義する」「市場を大きく拡大するための新しい流通モデルを構築する」といった成果型BHAG、あるいは「業界標準となる革新的な製造プロセスを確立する」といったプロセス型BHAG、さらには「自社のブランドを10年で世界中の最も信頼される3社のひとつにする」という画像型BHAGといった形で用いられます。
要するに、BHAGは単なる長い目標の羅列ではなく、組織の存在理由を再確認し、長期的な成果を組織文化と戦略の核として定着させるための強力な道具です。正しく設計され、適切に共有・実行されれば、組織は難題を前にしても粘り強く挑み続ける力を得られます。そして長期目標と日々の活動を結びつける仕組みを整えることで、変化の激しい現代のビジネス環境においても持続的な成長と革新を促進する原動力となるのです。
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